創作 破滅の望(仮)

一次創作「破滅の望(仮称)」のまとめ。※グロ描写、多少の工口描写を含みます。

破滅の望 18話

「ドアが開きます。」
エレベーターから聞こえたお上品なアナウンス、少し低いポーンという音と共にドアが開いた。この階から乗って行くのは、私と伊吹だけみたいだ。久しぶりに見る縦より横に広いエレベーター、小さめの椅子まで置いてある。足元も綺麗な絨毯が敷いてあって、ちょっとビックリしてしまった。
「うおーすげぇ!…乗るぞ〜!」
伊吹は私の手をしっかりと握って、エレベーターの中に入った。私の左手を傷付けないようにか優しく、でも離してたまるかと言わんばかりの強さで握る伊吹の表情は私に、この人といれば大丈夫そうと思わせるには十分なものだった。
エレベーターの横に貼ってあるこのエレベーターから近い店一覧みたいなのを見てみたら、これが一番便利みたいだ。ファミレスもスーパーもこのエレベーターが1番近く、店に着くまでほぼ歩かなくていいぐらい。
「ドアが閉まります。ご注意ください。」
丁寧なアナウンスと共に扉が閉まり始めた。私がよそ見してるうちに伊吹がボタンを押してくれてたみたいだ、6のボタンが光っている。かなりの速さでエレベーターは上り始め、少し酔ってしまった。
「6階です。ドアが開きます。」
あっという間に6回に着いた、途中で乗ってくる人が全く居なかったのは少し予想外だった。少し耳に違和感があるのは、エレベーターがあまりにも密閉されていたからだろう。
「広ぇなー!すっげぇ…!」
目をキラキラさせながらそう言う伊吹は、まるで小学生のようだ。久しぶりに来るこんな広い場所、周りを見渡していると伊吹に優しく声をかけられた。
「迷子とかなるなよなー?迷子センターとか迎えに行ったら身分証要るからな。」
そう聞いて私は息を飲んだ。身分証が要るとなれば、伊吹が私を引き取る事は不可能に近いだろう。それで伊吹に助けて貰ったのがバレたら?警察に連れて行かれたら?…私は、きっと実家に帰されてしまう。そうなればまた地獄の日々に戻る事になる、それだけはどうしても避けたい。
「…わかった、絶対離れない。」
「おいおい、顔色悪ぃぞ?あー、辛ぇこと思い出したんだな。ははッ、そうカンタンには帰さねぇからよ。」
ニィっと笑いながら私の頭をぽんぽんと軽く撫でてくれた。簡単には帰さない、そう聞いたら凄く安心してさっきまでの不安なんて何処かへ飛んでいってしまった。
「えっと…ファミレスどこだろ…」
エレベーターの横にマップが貼ってあるが、私が方向音痴なせいで地図の向きと向いてる方向が違うとどっち向きか分からなくなってしまう。距離はわかるんだけど、どっち向きに進めば…
「おっ!ファミレスはっけーんッ!菜白ー!こっちだぞ!」
嬉しそうな顔をした伊吹は私の手を掴んで、自分の方へグッと引き寄せた。指さしている方向をよく見ると、ファミレスの光る看板がぶら下がっている。伊吹がこういうのを見つけるのが得意なのか、私が苦手過ぎるだけなのかどっちなんだろう。ちょっとだけ気になったけど、そんな疑問は大した問題ではないのかな。そんな事を考えながら、2人でファミレスに向かった。

破滅の望 17話

「なー菜白、お前行きたい所とかあるか?」
行きたい所って、買い出ししか用事無いからスーパーとか?伊吹は特に何も思い浮かばない私の顔をチラッと見て、いい所を知っているとでも言いたげな表情で私を見ている。
「サンティエ行くか?お前ん家からはちょっと遠いし多分バレねーだろ!」
サンティエは駅前にできた夜始山サンティエの事だろう。駅前だけど私の家からは確かに遠いし、バレなさそうではある。でも警察関係者みたいな人多そうだから怖いなぁ。
「…行きたい!ちょっと怖いけど。」
「俺も行きたかったんだよなー、サンティエ。警備員とかに聞かれても俺にトイレ行きたいっつったら俺も菜白も逃げれっからな!」
ニヤッと少しだけ悪そうな笑顔で伊吹は私に笑いかける。Desire様である事を思い出させられるようなおぞましいものではなく、イタズラを思いついた小学生のような顔だ。トイレ行きたいって言ったら逃げれるって、確かにそうだよね。子供がトイレ行きたいって非常事態だもんね。好きな人と2人っきりでお出かけなんて、まるでデートみたい。伊吹は私の事を恋愛として見てるかは分かんないし、ドキドキしてるの隠さなきゃ…。
「菜白ぉ?なーんだその顔!なんか恥ずかしーのかぁ?」
おちょくるような表情で、ヘラヘラと笑いながらそう言ってきた。恥ずかしいよ…多分バレちゃってるんだから。
「なっ、なんでもないよ!その…楽しみだなって。」
「えー、隠さなくていーんだぞ!菜白がデートみたいとか思ってんのぐらいカンタンに分かんだからなー?」
嬉しそうに笑ってカンタンに分かると言われてしまった。デートみたいって思ってるのが筒抜けなんて、何だか凄い恥ずかしい。そんなことを考えながら車に乗っていると、隣の車線に見覚えのある車が走っていた。お父さんかもしれない。そう思って身構えたが、ナンバーを見たら全然違った。形が似てて色が同じなだけだったみたいだ。
「びっくりした…斜め前の車お父さんのと同じだから。ナンバー違ったけど、見つかっちゃったかと思った。…よく見たら車種も違う。」
「なっ!そりゃビビるな…ナンバー覚えててよかったな、違ったとしても折角遊びに行くってのにビビりっぱなしじゃやだからな。」
なんでナンバー覚えてたんだろう?そんなに車よく見てる訳でも無いのに。遊びに行く…?メインはスーパーのはずだけど、折角サンティエに行くならってことなのかな。
「あー、どうする?外食してくか?ちょっと腹減ってるし家帰ってから作んのもめんどくせーだろ?」
確かにサンティエすっごい広いって聞いたし、歩き回った後すぐにご飯作れる体力は残ってなさそう。色々ご飯屋さんは入ってるみたいだし、バリエーションには困らなさそうだ。
「うん、そうする!伊吹は何食べたい?私は伊吹と食べれるならなんでも嬉しいから。」
「んー…俺も特に決まってねーんだよな。サンティエって何あったっけ、調べてくんねーか?」
そう言って伊吹は私にスマホを渡してきた。もうロックは開いてある状態だったから、パスワードは分からない。調べてみたら、どうやらファミレスは入ってるらしい。わざわざサンティエまで来て…というのはあるけど、伊吹の好みを知るにはうってつけだろう。
「んっと…ファミレス入ってるって、行きたいな〜」
「おー、ファミレスか!俺最近行ってねーな…行くか!」
伊吹はそう言いながらニッコリと笑ってこっちを向いた。嬉しいけど運転中だし前向いてて欲しいかな。赤信号で止まり、伊吹はふと私の手元を見て少し驚いたような顔をしていた。
「なー菜白?お前は俺のスマホで勝手に他ん所見たりしねーんだな。すげーいい子だよなー。」
他の所見る、思い付きもしなかった。確かに運転してるし私の手元なんてしっかりは見てないだろうし、他のページとかアプリとか見に行くぐらい簡単だろう。それから20分ぐらい経っただろうか、窓から見える景色はビルと駅ばかりになってきた。
「そろそろ着くぞー、あれで合ってるよな?」
伊吹は左前に見える看板を指さしながらそう言ってきた。夜始山サンティエ専用駐車場って書いてあるし、あれで合ってると思うけどどこから入るんだろう。
「合ってると思う…けど入口どこだろ。」
「あー、あの警備員のとこじゃねーか?ん、あれっぽいな。」
確かによく見たら警備員さんが立っている、伊吹ほんとに目いいんだなぁ…それとも、人間の気配に敏感なだけ?Desire様だもんね、動体視力が未知数なぐらい別におかしくないか。そんな事を考えている内に、もう駐車場に入っていた。なるべくエレベーターに近いところに停めたいんだろう、同じ範囲をグルグルしている。
「伊吹、他の所にもエレベーターあるんだって。そりゃそっか、サンティエ広いもんね…」
「そだなー、でも多分ファミレス近いのこれだと思うんだよなー。あっあそこ空いた!」
伊吹は嬉しそうに車を停め始めた。1つ隣は車椅子マーク、何も無くても停められる中では1番エレベーターに近いらしい。ほんとにタイミング良かったなぁ、後ろも並んでなかったし好きなだけ待てた。
「行くぞ、菜白。忘れ物しねーよーにな。」
「うん、わかった!…何も持ってきてなかった。」
忘れ物チェックをしてみたけど、まず何も持って来てなかったのを思い出した。鞄も財布もスマホも持たないでお出かけなんて、いつぶりだろう。
「はははッ!それが1番いい!お前一応行方不明者なんだ、鞄でバレたりすんのってよくあるみてーだしな。」
行方不明者、って所から少し小さめの声で伊吹はそう話した。半分忘れてたけど、他の人から見たら私は伊吹に誘拐されてるに過ぎない。何ならもう殺されてるなんて考えてる人も多いだろう。…もうこの世に居ないものって思われてる方が、みんなちゃんと見たり探したりしなさそうだしいいんだけど。
「そっか、私…」
「おぉーっと、それ以上言うなよ?ここ防犯カメラついてんだからなー?」
伊吹は自分の口に立てた人差し指を当て、こう注意して見せた。天井の角をよく見ると、結構目立ちそうな防犯カメラがついている。やっぱり伊吹…Desire様みたいに色々やってる人は、こういうのにすぐ気付くようになるのかな。

破滅の望 16話

「そろそろ俺も着替えなきゃな。菜白がこんなかわいーんだから、それに似合う感じのやつ…」
そう言うと伊吹は寝室に向かい、棚を漁って今日着て行く服を探し始めた。私も確かにこの服はお洒落だと思うけど、自分が着てて可愛いって言われるとちょっと恥ずかしい。
「えっと…これとか?すっごい似合うと思う!」
棚の奥に掛けられたカーキの襟付きシャツを指さして言ってみた。薄めの涼しそうな素材で、他のTシャツとかの上から羽織るタイプみたいだ。
「それか!買ったはいいけど何と合わせたらいーか分かんなくて着てなかったんだよなー。選んでくれっか?」
そう言われたから中に着る服を探す為に引き出しを開けてみた。所々に不器用ながら丁寧に畳もうとした形跡が見える、お世辞にも上手いとは言えないが頑張ったんだろう。
「これ、いいと思う。色も似合うと思うし…」
白地に黒で英語が書かれたTシャツを取り出してみた。読んでみるとCatastropheと書いてある、買った理由は多分これだろう。Desire様、ちょっとお茶目で可愛いなぁ。
「なるほどな!そーいう風に合わせんのか…ここで着替えていーか?」
「いいよ〜…ッへぁ!?」
あんまりちゃんと考えないで返事して、意味を理解してから驚いてしまった。伊吹は作戦成功みたいな顔でニヤッと笑っている。
「ッははは!顔真っ赤じゃねーか!かわいーなぁ…家連れて来て良かった。」
恥ずかしがってるのがバレたんだろう、顔が真っ赤だと指摘されてしまった。何となく分かってはいたけど、いざ改めて言われるとちょっと恥ずかしい。家連れて来て良かったって、私はそんなに伊吹の役に立ててるのかな。お世辞で言わせてたら申し訳ないなぁ、なんて思っていたら伊吹は何かを思い出したかのようにこう言った。
「そーいや下決めてなかった。これでいー…か?」
伊吹は引き出しに乱雑にねじ込まれていたズボンを取り出した。デニムっぽい素材の綺麗なズボン、あまり履かれてなさそうだ。暗めの色で、トップスとの相性は結構良さそう。
「いいと思う!伊吹絶対似合うよ…!」
「そーかぁ?ははっ、ありがとーな!」
伊吹は優しげな顔でそう言うとサッと着替え始めた。さっきいいよって言ったのは私だしもう裸も見たはずなのに、いざ目の前で服脱いでるってなると緊張する。パンツは履き変えないみたいだけどちょっとドキドキするな。そんな事を考えているとあっという間に伊吹は着替え終わっていた。
「どーだ?似合ってっか?」
外出用の服に着替えたからだろうか、さっきよりキリッとした顔でそう聞いてくる伊吹はとてつもなく可愛くてかっこいい。もはや眩しいの域だ。
「うん!すーっごいかっこいい!!」
「はははっ、よかった。んじゃえーっと、買う物なんだっけ?」
服選びに必死になって、肝心の本題を忘れてしまったようだ。私も何買いに行くんだったか思いだすのに少しだけ時間がかかってしまった。
「えっと…料理酒だね!多分日本酒とかでもいいと思う。…そういえば伊吹はお酒って飲むの?」
「あー!それだ。酒?んー…たまに飲むけどそんな毎日飲むほどは好きじゃねーな。」
伊吹はとてもお酒なんて飲めなさそうな幼い表情でそう言った。ちょっと意外なような気もしたけど、確かにDesire様そんなに酒豪ってイメージは無かったし意外でもないか。
「なんだ?飲んでみてーのか?ッははは!缶チューハイとかちょっとだけなら飲ませてやるぞ?」
違う、って否定する隙も無くそう続けられてしまったが、実際お酒はちょっと飲んでみたい。お母さんはお酒飲まないし、お父さんに飲んでみたいなんて言ったら一体どれだけ怒られるか…。だから興味はずっとあったけど誰にも言ってなかった。そりゃそうか、未成年飲酒なんて違法だもんね。
「ちょっとだけ…飲んでみたい…!」
「そんな体にいーもんじゃねーし、ちょーっとだけだぞ?後で買おーな!」
伊吹はニヤリと笑ってちょっとだけ、ってジェスチャーをしながらそう話した。いけない事をしてるって考えたら背徳感でちょっとドキドキする、こんなの警察とか親に見つかったら抹殺されそうだな。
「さー、行くか!菜白は特に持ってくもんねーか?」
ボーッとしてるうちに伊吹は準備を済ませたようだ。私も簡単に髪を結んで支度を済ませた。
「忘れ物無し!うん、行こう!」
「初めての2人での買い物…ドキドキするな。」
そう言って頬を染める伊吹の手には車の鍵が握られていた。車乗れるの、意外だなぁ。駐車場に着くと、ピッという音と共に黒い軽自動車の指示器が光った。あれが伊吹の車なんだろう、てっきりハイエースとかかと思ってた。
「助手席乗れ、シートベルト忘れんなよ?」
伊吹は運転席に座って、私が忘れっぽいと思ってか教えてくれた。シートベルトは後ろでも閉めてたから忘れる事は無い、たまに忘れたりしたら小さい頃からお父さんに怒鳴り散らされたから。
「わかった!助手席なんて初めて乗るかも…家ではいつもお姉ちゃんが座ってたから。」
「そっか、んじゃぁ思いっきり楽しめよ!」
伊吹はそう言いながら私に優しく笑いかけてくれた。エンジンがかかり、カーナビからETCカードが入っていないと音声が流れる。それに対し伊吹はわかってると返事していた。ほんとにいるんだ、家電に話しかける人。カーナビは家電なのか分かんないけど。
「よーし、出発っ!楽しみだな、菜白!」
アクセルが踏まれ、車はゆっくりと進みだした。

破滅の望 15話

「なー菜白、そーいやお前の歯磨きセット開けてねーな。」
こう言われてから私は、洗面所に自分の歯ブラシとかが揃っているいつもの家じゃない事を実感した。旅行に来たような気分だけど、観光に行ったりするより全然落ち着くし楽しい。リビングに置いてる袋から歯磨きセットを取り出し、早足で洗面所に戻った。
「なんも言われなくてもすぐ取りに行くの偉いなぁ!菜白お前ほんとにまだ中学生なのか?」
ただ自分の物を取りに行っただけで褒められたのなんて初めてだ。伊吹は優しく私の頭を撫でてくれる。ふにゃっとしたその笑顔からは、この人がDesire様だなんて全く想像つかない。
「えへへ、ありがと。殺人鬼で怖いイメージあったけど、本当はこんなに優しいんだね。伊吹のこと色々知ってるつもりだったけど、実際会ってみたらあんなの全然分かってなかったよ。」
伊吹の事は本人の次ぐらいに知ってるぐらいに思ってたけど、喋ったり一緒に過ごしたりしてる内に、自分が知っているのなんてほんの一部だって事に気づいた。少ない情報と勝手な偏見で相手のことを決め付けるなんて、そんなのお父さんと変わりないじゃない。
「ははは!なんかカン違いしてねーか?どんだけ菜白に優しくしよーが、俺が殺人鬼な事に変わりはねーんだよ。お前はよーく知ってると思うが、俺は人殺したり食ったりして気持ち良くなるよーな狂ったカニバリストなんだよ。分かったか?」
そうだった。私には優しくしてくれていても、他の人達にしてみれば行き当たりばったりで人を襲う恐ろしい存在でしかない。
「うん…分かった。でもどれだけ狂ってても、私は伊吹のことだぁーい好きだよ!」
「はははッ!そんぐらい分かってんだからな!俺も菜白の事だーいすきだぞ!むしろ俺の方が菜白の事…いや、お前の大好きはもはや狂気だしそれは超えれねーか?菜白の事は多分世界一大事だし好きだけどこれは相手が悪かったな。」
私がどれぐらい伊吹の事が大好きか、ちゃんと伝わってるみたい。私の事を世界一大事に思ってくれてるのは伊吹…こんな幸せな事、現実だとは思えない。しかもそれを本人から言って貰えるなんて、本当に夢みたい。そんなことを考えていたら、いつの間にか伊吹は歯を磨き始めていた。私も慌てて歯磨きを進めた。歯磨きは一通り終わったが、うがいするコップが無いや。不器用で手のひらに水貯めるのも苦手だしどうしようか。
「あ、コップ無ぇのか。菜白がいいならこれ使うか?」
なんと伊吹はそう言って自分のコップを差し出してきたのだ。大好きな伊吹と…間接キスになるの、恥ずかしいけど嬉しいなぁ。昨日の夜もう間接じゃないキスされたし今更間接ぐらいって頭では分かってるけど、自分からなんてドキドキする。
「お前顔真っ赤っかだぞ?恥ずかしーんだな?!ははは!菜白かわいーなぁ。」
伊吹は楽しそうな笑顔で私を撫でてくれる。嬉しいけどとりあえず先に、口の中に歯磨き粉残ってるのどうにかしたいな。そう思って私は伊吹から少し離れて、何回か口を濯いだ。
「菜白今日服どれ着んだ?これとかぜってー似合うだろーな…」
伊吹は私のキャリーケースを物色して、私の好きな水色のスカートを出してそう言った。1番気に入っている勝負服のワンピースを着て来たが、このスカートも家に置きっぱなしにするのは嫌で持って来ていた。
「えへへっ、私そのスカート好きなんだよね!伊吹もそのスカート好き?」
「あぁ、可愛くて好きだな。まー菜白が着たら何でもかわいーんだろーけどな!」
無邪気そうな笑顔でさも当たり前のようにそう言い放つ伊吹、人喰いに目覚めたりして狂ってなかったら凄いモテたんだろうなぁ。今更そんな事考えても何にもならないのに、何となく想像してみた。
「おー、この服スカート合いそーだな。今日これ着てくれねーか?」
伊吹はそう言って、スカートと重ねて入れていた白いブラウスを持ち上げていた。元々よく着てた組み合わせだけど、伊吹に決めてもらえるなんてすっごく嬉しいな。私は直ぐにもちろん!と返事してその場で着替えようとした。
「待て待て待て!ここで着替えんのか!?…あー、もう裸見られてるしどーでもいーってのか?」
あっ…またやってしまった。家でならお父さんに見られないようにとかちゃんと考えてたのに、人にこんなに気を許すのが初めてなせいか見られないようにって気を使わなくなってしまう。伊吹にこれ以上恥ずかしい思いさせたりしないように、これから気をつけなきゃな。そう思って私は洗面所に着替えを持って行こうとした。
「…お前さえ恥ずかしくねーならここで着替えていーんだぞ?別に俺は裸見ても何も思わねーしな。」
「ほぇ!?い、いいの?」
突然ここで着替えていいって言われて、驚いて気の抜けた声が出てしまった。その声を聞いて伊吹はふにゃっと笑っている、なんだか落ち着く笑顔だ。確かに伊吹は裸なんて見たところで何ともならないけど…それでいいのかな。私がまたやっちゃったってならないように、気遣ってくれてるのかもしれない。勘も鋭いし、なんかもう毎回後悔してるのはバレてそう。改めて言われるとちょっと恥ずかしくなってしまったが、今更洗面所に行ってもなと思ってその場で着替え始めた。
「無ぇなー、何がとは言わんが。」
十中八九胸の事だろう。ワンピースとかパジャマとか来てても分かると思うが、着痩せしてる位にでも思ってたのかな。あとお風呂の時に言ってこなかったのはなんでだろう、自傷跡があまりにも衝撃的過ぎてそれどころじゃなかったとか?
「おっきい方がすき…?」
「んー、別にどっちでもいーな。どちらか選べって言われたら小さい方が好きかな、ちっちゃい子みてーでかわいーじゃねーか。」
可食部多いからおっきい方が好きかと思ったけど、違うみたい。ちょっと意外だったけど、もしかして私が気にしないように考えてくれてるのかな。1つ質問したいことが思い浮かんだけど、本人に言っていいのだろうか。うーん、凄く悩むなぁ。いいや、もう言ってしまおう。
「伊吹はその…俗に言うロリコンなの?」
ロリコンではねーな。多分菜白が大人でも中身これだったら好きんなってただろーし。」
質問より先着替えろとでも言いたげな表情で、笑いながら伊吹はそう言った。本人が言うにはロリコンでは無い…らしい。私が大人でも中身が同じなら好きになってたって、私が大人になってから伊吹に初めて出会う可能性なんてもう無いのに何故かドキドキしてしまう。サッと着替えてその場で色んな方向を向いて着た服を伊吹に見せてみた。
「うおー!やっぱ似合ってんなー!これから一緒に出かけんの、すげー楽しみだな!」
伊吹は満面の笑みでこれでもかって程私の頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。つい嬉しくなって、伊吹に全力で抱きついてしまった。
「おっ!?はははッ!かわいーなぁほんと。お前それ他の奴にぜってーやんなよー?」
伊吹の胸に頬擦りしながら、なんでそんな当たり前の事をわざわざ忠告してくるんだろうとか思いながら頷いていたら、伊吹は突然抱き締め返してきた。傷つけないように優しく優しく、大事そうに背中を撫でてくれる。
「えへへ〜、だぁーーい好きだよ〜っ。」
「ん〜、俺もだぁーーーい好きだからな〜。」
対抗するように愛を伝えてくれる伊吹が、たまらなく大好きだ。ふにゃーっとした可愛い笑顔でそう言ってくれて、私もう力が抜けてぐにゃぐにゃになっていた。

破滅の望 14話

つい私が作るなんて言っちゃったけど、上手く作れる自信はない。伊吹は凄い喜んでくれてるけど、あんまり美味しくないの出しちゃったらどうしよう。
「えっと…冷蔵庫開けていい?」
「お前ほんと礼儀いーよなー。菜白はもう俺の特別っつーか家族みてーなもんだ、開けていーに決まってんだろ?」
ありがと、て言ってから冷蔵庫を開けた。私が伊吹の特別、家族みたい…か。まだなんだか伊吹…Desire様に相応しいと思えない、自分なんかって思っちゃう。
「なー菜白?何作んだ?」
うわびっくりした!いつの間にか伊吹が背後に居た。気配も足音も全く無くて、冷蔵庫見ながらボーッとしてたらそこに居た。
「ッははは!どーだ、怖かったか?」
私が驚いて硬直しているのを見ると、嬉しそうにニヤッと笑っていた。よく見ると鋭い八重歯が覗いている。包丁持ってこんな顔されたら普通の人はきっと怖くて逃げ出せないと思うから、もはやちょっと嬉しいのは私が普通じゃないって事なんだろう。たとえ少し恐ろしくても、伊吹の嬉しそうな顔なんて私が嫌いな訳が無い。包丁…今気になる事が1つ思い浮かんだ。
「伊吹は人殺す時に包丁使ってるけど、料理する時に包丁持っても殺したいってならないの?」
「なんねーな、殺す用と料理用は分けてっから。殺す用のやつ持ったら…はははっ、これ以上は辞めとくか。」
そう言って伊吹は不敵な笑みを浮かべていた。包丁は用途によって形状も変わるし、そりゃ分けてるか。というか本当に何作ろう、何もアイデアが思い浮かばない。
「作ってくれんだったら唐揚げとか食いてーかなー…!」
私がメニューに悩んでいるのを察したのか、伊吹からリクエストしてくれた。わかったって返事してから思い出した。唐揚げって普通なら中身は大体鶏肉にするけど、生憎ここに鶏肉は無さそうだ。人肉って鶏肉には近くないって何処かで見たけど、頑張れば代用できるかな。でも勝手にやって失敗するのも怖いや。
「ねぇ伊吹、唐揚げの中身どうしよう。」
「ん?あーなるほど、鶏肉とか俺ん家ねーもんなー。まー人肉で多分どーにかなると思うぞ、一緒に作るか!」
伊吹はにっこりと笑って、ぽんぽんと私の背中を優しく叩いてくれた。さすがDesire様、食べ慣れてる人の発言の信用度はすごい。私がその場で突っ立ってる内に、伊吹は材料を次々と準備していた。今作るって決めたところだけど、油も道具も偶然今家にあるやつで足りそうらしい。これももしかしたら殺人鬼の勘ってやつなのだろうか?
「多分材料は足りると思うが、俺唐揚げの作り方とか知らねーんだよな。菜白は知って…知らなそーだな、調べるか。」
私もしかして頭使ってなさそうな顔してた?もしそうだったらすごい恥ずかしいな。確かに私は唐揚げの作り方は知らないし、わざわざ知らないって言わなくていいからちょっと楽かも。でも伊吹と喋るチャンスが少しでも減ってるなら凄く勿体ないな。
「あ、ありがと!わざわざ調べさせてごめんね?」
「謝んなよなー!菜白なーんも悪くねーんだからよー。えーっと?この調味料を混ぜ…分っかんね!」
スマホに映ったレシピを覗き込み、伊吹は怪訝な顔をしている。確かにちょっとだけ分かりにくい表記になっている。
「ニンニクと生姜と醤油と…へー、ごま油入れるんだ!」
私の家…いや、実家で作ってた時はごま油は入れてなかったから、ちょっと意外だった。確かに美味しく出来そう。
「あー、これそーいう事か。酒ってみりんでいーのか?」
「ううん、多分だめだと思う。料理酒ってある?」
ここに書いてある酒はみりんとは別物、料理酒とか日本酒とかのことだろう。みりんって甘くなりがちだし。
「そっかー、んじゃ材料足んねーな。何かまたいる時あるかもしんねーし、今から買いに行くか!」
そう言うと伊吹はササッと材料をしまって、洗面所に向かった。買い物に行く準備のようだ。私も急いで伊吹を追いかけた。

破滅の望 13話

ふにゃーっとした顔で寝てる菜白、全然物入んなさそーなちっちゃい口が半開きだ。…コイツもしかして今なら勝手にちゅーしても気付かねーんじゃね?いやいや、バレた時どーしよーもねー事になるしやめとこ。菜白に嫌われるのは避けたい。…!?散々人殺ったり食ったり嫌われそーな事ばっかやってきた自分が、菜白にだけは嫌われたくないとか思ってんのビビった。どーせ菜白も1人の人間に過ぎないハズなのに、失ったらって考えたらなんかすげー怖い。捕まるかもとか今度こそ生きて戻って来れねーかもとかじゃなくて、自分の手元から菜白が居なくなるのがとてつもなく恐ろしい。まだ半日ぐらいしか一緒に居ねーのに、まるで自分の1部になったみてーだ。
「えへへ…いぶき…だぁいすきぃ…」
…菜白!?何だ、寝言か。どんな夢見てんだろーなー。そんなカンタンに大好き〜とか言われると、ほんとに俺の事好きなのかと思っちまうな。そーいや菜白昨日の夜そういうことしたいとか言ってて冗談だと思ってたが、もしかしたらガチで俺とヤりてーのか?まぁ多分俺のカン違いだろーけどさ。するにしても多分俺お互いが気持ちいーのじゃなくて無理矢理襲って犯すしか出来ねーし。あと俺生きた人間とエロい事した事ねーんだよな、ちょっと気に入ったやつは死姦したけど。どんだけネジ飛んでる菜白でも、流石に自分の初めてが強姦は嫌だろ。…てかアイツ処女なのか?恋人と〜みてーなのは無さそーだけどこんなちっちゃくてかわいーの、しかも俺みてーな初対面の男にカンタンに着いて来やがる。小柄で小学生みてーだし、ぜってーロリコンのエロオヤジに目付けられてるだろーな。へへへ、俺そんなのに好かれてんだなァ…。
「!?…んぅ…やめ……こわい…たす…け…」
菜白の夢が悪夢に変わったのか、すげぇ辛そーな顔してうなされてる。…可哀想だ。そんなことを考えていると、下半身に違和感を覚えた。たって…え?うなされてんのを見てか、思いっきりたっちまってた。やだなー…菜白の事は純粋に可愛がりてーのに。殺意はねーしまだセーフか?とりあえず寝室は菜白が寝てるし、起きたらまずリビング行くだろーからトイレでどーにかする事にした。トイレ入って確認してみたら、なんか収まってた。それからは数分待ってみたが、別に復活はしなかったしトイレから出る事にした。
「ふふっ、伊吹、実は途中から起きてたんだよ?」
ドアを開けたら笑顔で菜白が立っていた。悪意を含んでるよーにも見えない、純粋な笑顔だ。起きてた…って事は俺がどーなってたか察してる可能性もある、そー考えたら怖くなってきた。
「私に出来る事って、何かある?」
寂しそーな顔でこっちをジーッと見てくる。菜白はほんとに俺を崇拝先だけじゃなくて、恋愛的にも見てんだなって確信した。俺だって大好きな菜白ともっと近付きてーさ、でも何かあっても病院とか頼れねーからリスクがな…。
「ごめんね、無理しなくていーよ、元から全部叶うなんて思ってないし、家にいるより全然楽だし、楽しいし、ちょっと我慢なんて簡単だよ…っ!」
菜白はピクリとも動かない笑顔で笑ってる。ふつーの奴には嘘だって分かんねーぐらい、よく出来た作り笑顔だ。でもパニックとかなってんのか、喋り方が若干ぎこちない。こんなのにも菜白は慣れちまってんだろーか。俺はさっきの俺の事を菜白は恋愛的に見てるって仮説がほんとかどーか知りたくて、1個聞いてみた。
「なぁ菜白、お前は俺の何になりたいんだ?」
「…?」
理解出来てなさそーな顔でこっちを見つめてる。頭が追いついてねーせーか相変わらず口は半開きだが、そこもまた可愛くて仕方ない。
「兄妹か?子供か?それとも…恋人…か?」
恋人か?なんて聞くの死ぬ程恥ずかしーけど、菜白の本心知れんならそんぐらいカンタンだ。
「うーん、絶対笑わない?」
今まで自分の意見言ったら笑われたりしてたんだろーか?すげー緊張した顔で申し訳なさそうに言ってくる。
「笑うわけねーだろ!言ってみろ!」
菜白は1度頷いて、大っきい深呼吸してから覚悟を決めたみてーに言い始めた。
「伊吹の特別になりたい。他の誰かじゃ代替出来ない特別な存在になりたいの。」
「もうなってんだよなー。俺もう菜白無しじゃ生きてける自信ねーもん。ずーっと一緒に居てくれるか?菜白。」
こー言ってやったら菜白はボロボロ泣き出した。菜白の事だ、迷惑って思われるかもしんないとか思って不安だったんだろーな。
「うん、いっしょにいる…!ずっと、ずーっと!」
そのままぎゅーってしてやったら、縋るよーにしがみついて来やがった。俺の事を恋愛的に見てるかどーかはよく分かんなかったが、まぁ友情とかの類いじゃねーのは確実だろ。
「ほんとは…こわかった。嫌われるんじゃないかって…疑ってごめんね…」
菜白は俺の胸辺りに顔埋めて泣きながらそー言った。何となく分かってたけど、自分から言ってくれてよかった。謝らなくていーぞって言おーと思ったけど、菜白はまた言わせちゃったとか自分責めそーだし黙って抱きしめるだけにしといた。
「もう大丈夫だよ、伊吹!ありがと。」
菜白は作ってない優しそーな笑顔で、若干名残惜しそーに抱きつくのをやめた。5分弱ぐらい撫でたり抱きしめたりしてたら、メンタル安定して泣き止んだみてーだ。菜白は えへへっ、て俺に笑って見せてからソファの右側に姿勢よく座った。
「伊吹、こっち座って?」
菜白はソファの左側をぽんぽんって軽く叩いて、俺を呼んでいた。横に座ったら、ふにゃふにゃの笑顔で俺にもたれかかってきた。
「暖かいねーっ!暑いのは嫌いだけど、伊吹とくっつくのはだーいすき!」
「はははッ、俺もだなぁ。まず人間の温もり自体、菜白が初めてみてーなもんなんだよなぁ。」
寄りかかってきた菜白の肩をギュッて掴んだら、菜白は大分ビックリしてた。なんか情けねー声だしてビクってしてんの、かわいーなぁ。
「そういえば伊吹、お腹空いた?」
思い出したかのように聞いてきた。確か昼飯の後は菜白が皿洗ってくれるんだっけか。確かに俺もちょっと腹減ってたし、頷いてみた。
「伊吹が嫌じゃなかったら、私が作ってもいい?下手かもしれないけど…。」
「作ってくれんのか!?菜白の…手料理…っ!!」
菜白が飯作ってくれるって言い出したんだ、嫌がる理由なんて俺にある訳が無ぇ。家で誰かの手料理食うのなんて何年ぶりだ?最後なんか思い出せねぇぐらいずーっと前だ。
「伊吹、すっごい嬉しそうだね!お姉ちゃんより全然料理出来ないし、あんまり期待しないでね?」
そー言ったら菜白はキッチンの方に歩いていった。

破滅の望 12話

「あの子は良い子なんです。どうして誘拐なんて…そんな目に合わなきゃいけないのかと。」
お父さんの声だ。私の顔写真と実名も公開されて、捜査が始まったらしい。ちょっと親子で喧嘩になってそれから帰って来ていない?止められなかった?好きにしろって言っておいてそれはおかしいでしょ。
「好きな人に会いに行く と言って家を出たと見られ…」
いつものニュースキャスターの声だ。お父さんには誰に会いに行くかまで言ったのに、好きな人にって言われている。そこをぼかすなんて本当に見つけたいのか?とも思うがその方が都合はいい。もし見つかってしまったら?そう考えただけでしんどくなってくる。
「ん?あー…ニュースか。チャンネル変えるか?」
私が少しだけしんどくなり始めたのに気付いたのか、伊吹はそう言ってきた。でも私は居場所がバレないようにスマホの電源を落としてる分、ニュースから情報を得ておきたい。
「ううん、どれぐらい捜査進んでるか知りたいから付けといてほしいな。」
「そっか、んじゃ付けとくな。まーもし見つかっても俺が護ってやっからさ、安心しな。…大事な菜白をあんなトコにぜってー帰さねーからよ。」
伊吹が…Desire様が私を護ってくれる、それなら何も心配する事は無い。でももし私のせいで伊吹に危害が及びそうになったら、伊吹を守る為になら離れる覚悟は出来てる。私のことをここまで大事にしてくれる人、初めて会ったなぁ。それが元々大好きだったDesire様だなんて、まるで御伽噺みたいだ。
「なー、菜白?お前はぜってーに俺から離れねーでくれっか?何かあっても。」
そりゃ離れるのは嫌だよ、ずーっと一緒に生きて行きたい。でも私のせいで伊吹が怖い事されなくなる方がもっと嫌だ。
「私のせいで伊吹が怖い目に遭わなきゃいけなくなったりしたら離れるよ。あと伊吹が私の事面倒くさくなったり役立たないなーって思ったら、いつでも手放していいからね。警察にも言わない。」
「離れんな。菜白のせいで怖い目に遭う?お前を護れんならそんぐらいなんて事ねーな。俺が菜白を手放すしたりする訳ねーだろ!?折角自分のモノにしたエモノだ…カンタンに失ってたまるか…」
伊吹は私を強引にキツく抱きしめてそう言った。そこまでして私を護る価値とは何なんだろう?もっと簡単な人だって沢山いるだろうに。凛々しい表情で私を抱え込むその姿は、自分の獲物を取られまいと威嚇する獣のようだった。あまりに強く抱きしめられていて少し痛い、でもその痛みは伊吹が自分を大切にしてくれていると分かる幸せなものだ。
「昨晩から行方不明となっている花畑菜白さんのお姉さんは」
伊吹と喋っていない沈黙の間、ニュースの音声が耳に入った。お姉ちゃんが何か言ったらしい。
「…菜白が正しいと思っていた時も味方出来なくてごめんね。絶対見つけ出すから、どこかで生きていてね。と話して…」
生きてるけど私の為を思うなら見つけないで欲しい。菜白が正しいと思ってた?散々貶したりしてた癖に今更そんなふざけた事言わないで欲しい。
「なんとなーく考えてたんだがさっきの好きな人に会いに行くってやつ…秋斗に言ったのか?そんならスグ見つかるハズなんだがなー…あとアイツ多分今んとこ俺の事疑ってねーな。」
ぼやーっとした目で私を見つめている。不思議だなぁとか思ってるのかな。
「お父さんには隼和真に会いに行くって言ったよ。もしかしたらほんとは見つけたくないのかもね。」
こう言うと伊吹は少しだけ驚いてビクッとした後に、納得したような顔をした。お父さんが 子供を気にかける優しい親 を演じているだけの可能性に気付いたんだろうか。
「…菜白、こっち来い。」
伊吹は急に立ち上がりテレビを消すと、私の手を握って寝室に向かった。その死んだ様な目に光は無い。
「伊吹…?急にどうしたの…?」
先にベッドに寝転んで、横から見ていた私を無理矢理布団の中に引き摺り込んだ。質問しても全く喋ろうとしない。
「伊吹?やっぱりまだ眠たい?…」
早起きしたから眠たいのかもと思って聞いてみたが、これも全く返事が無い。何か気になる事があるのかと思って伊吹の感情を失ったような顔を覗き込んでいると、突然強引に私の体を掴み、恐ろしい力で抱き締め始めた。とても私じゃ敵わない、人1人殺めるのには苦労しなさそうな強さの力だが、欲情しているようには見えない。まるで孤独を埋めるみたいに、縋りつくように私を抱え込む。
「痛い…よ…いぶ…き…くる…しい…」
体中が軋むように痛い。息が苦しくなって、だんだん意識が遠くなって行く。最後の力で私も伊吹を抱きしめた。
「…ッは!?今俺…何してた…?」
急に力が弱くなって、伊吹は今まで見た事ない程不安そうに言った。全力で私を抱きしめていた事を告げると、やっちまったとでも言いたげな顔をした。
「ごめん…ほんとにごめん…俺さ…急にすげー誰か抱き締めたくなったりすんだよ。痛かっただろ?…アザんなってるし。ごめんな…」
よく見ると強く掴まれた肩の当たりが痣になっている。少し痛いけど、気にするほどではない。
「謝らなくていいよ!? 1番怖かったのは伊吹自身だと思うし…。」
目に涙をためて何度も謝る伊吹を抱きしめて言った。そういえば伊吹のさっきの表情、凄い寂しそうだったな。
「ん…ありがと、もー大丈夫。これからは正気失ったりしねーよーに気ぃ付けるな。」
にんまりと穏やかな笑顔を浮かべる伊吹、さっきまでの何かが抜け落ちたような顔とは全く違う。さっきは寂しさが押し寄せてきたのかな、そう思って私は伊吹にこうお願いした。
「えへへ、よかった。ねぇ伊吹、ぎゅーってして?」
「…俺の事、ほんとに怖くねーんだな。」
伊吹は小さくそう呟いてから、優しく私を包み込むように抱き締めてくれた。大切そうに頭を撫でながら、おでこに頬ずりしてくる。伊吹だけが私に生きてていいんだって思わせてくれる。とても暖かくていつの間にか私は眠たくなってきていたが、伊吹は全然そんなこと無さそうだ。
「っははは、ぎゅーってされて安心したのか?ねむそーだぞ。全然寝てていいからな。」
「まって、伊吹!」
寝てていいと言って布団から出て行こうとする伊吹を咄嗟に服の裾を掴んで引き止めてしまった。きっと伊吹にとっては迷惑だが、まだ一緒に居たくてついやってしまった。
「さみしーのか?はははッ、んな顔されちゃ置いてけねーな。」
ベッドの端に座って私を撫でてくれる伊吹の手を握ってみる。撫でるのをやめて私の手を握り返してくる、私の片手には収まらない大きくて暖かい手。もっと伊吹と喋ったりしたいが、もう眠気が限界に近づいていた。
「ったく…寝んのはえーな…おやすみ、菜白。」